2020.12.01
ゆっくりアナログか、超最先端デジタルか
コロナ禍の影響を受けての東京ディズニーランド(及びシー)でのダンサー解雇関係のニュースにて、「運営会社であるオリエンタルランドの担当者はダンサーに対して一方的に通達し、ダンサーからの問いかけには返答せず、にべにもなかった」っといったようなニュースを読んだ。この「にべもない」って言葉があるんですけど、私の世代の人ではあまり使っているの聞いたことないなと調べてみると、どうやら「愛想がなく取り付く島もない」という意味だそうだ。
この「にべもない」を漢字にすると、「膠もない」と書くらしい。それでこの「膠」ってなんだっていうと「にかわ」と読みます。「にかわ」って昔の接着剤で、動物の皮の内側の組織や腱をどろどろにどかしてゼラチン状に固めたもので、色々と重宝したそう。皮を煮てつくるから「にかわ」。つまり、「膠(にかわ)もない」→「接着剤もない」→「くっつく隙もない」→「まったく取り合わない」といった言葉なんです。
この膠(にかわ)って、今の人々にはあまりにも馴染みも無いものなんだけど、どうやら一部おおいに必要とする人がいるらしい。日本画を書く人たちだ。インターネットで調べてみると日本画を書く人たちが文章で膠の使い方を教えていた。
日本画は書く方法が固定されていて書くのにとても時間がかかるらしい(工程が多い)。ゼラチン状にした膠を細長く切ったものが三千本。この三千本を溶かして和紙と絵の具の接着剤として使う。
この膠であるが、日本製の日本画に使う膠を2010年頃まで作っていた会社がなくなってしまい、日本画家による三千本の買い占めが起こった。その後、画家が三千本を作ることになり試行錯誤し鹿の皮からつくる方法をあみだしたそう、面白い。
ー
先日、家族で久しぶりにあつまって食事をした時に「写真をとって」と言われていた。プライベートの撮影でデジタルを使うのはつまらないのでいつもこういう時はフィルムカメラを持っていくのだけれど、室内で写真を撮れるかなと露出計で明るさを計るとF4でss1/10くらいなんです。中判のローライコードを持っていったので、このF3.5がMAX。シャッタースピードが1/10だと確実にぶれる。そんなこんなしているうちに家族たちは各々iPhoneでパシャパシャと綺麗な写真を撮っている。結論はiPhoneすごいね、デジタル便利だね、って話。
それでもフィルムを使う理由の一つはフィルムの作る色合いが良いからという事と、その色を忘れないようにする為。仕事の撮影でも1カット一番良いカットを2枚くらい大判で撮影したりしています。それで現像してベタで焼いてデジタルで自分で現像した写真と見比べる、結構違う、これが結構面白い。デジタルの色合いって似通っていて、作者が故意に作らないとカメラメーカーの色合いになってしまう、差別化が難しい。これはレンズにも言えることで、カメラメーカーの作るレンズは同じ様なスペックのものばかり。フィルムの中判などまでレンズの選択肢を広げると、今と違った思想で作られたレンズがたくさんあって、それぞれ個性がだせる。大判カメラまで踏み込んでいくとデフォルトでアオリが出来たりレンズの選択肢はもう無限大。さらに大判での一番の違いって、絞りをあけた時の被写体の浮き上がり具合なんです。これが自然で、鳥肌が立つほど素晴らしくなるときがある。これが今のカメラ・レンズと違って面白いんです。
でもフィルムって今つくる会社が多くなくなってしまっていて、大手はフジとコダックのみ。イルフォードや他メーカーも作っていますが、とにかく需要がないから昔(20年前)に比べて値段が高い。そのうち、フィルム作る会社がなくなったら、フィルムを愛用する写真家はどうするんだろう、膠を日本画家が作り始めたように、写真家がフィルムを作り始めるのかも知れない。
ー
膠のはなしに戻って、このページの筆者であるひーちゃんさんの文章を読んでいると、繰り返しになるんですけど、「日本画って書くまでの工程が多い。作法の様に、1つ1つ丁寧に準備しないとできていかない。絵を書く度に絵の具をまず作らなくてはいけない、でもこのゆっくり書くことが日本画なんです」って様な文章があって、芸術や工芸の分野においては大切な考え方なのかなと感じています。
ビジネスとしてお金を稼ごうとすると、「楽、早い、手間のかからない」ってことがどうしても大切になってくる気がします。そうすると、もう当然デジタルで、処理も自動化した方が良くなってきて、いかに早く、多く、楽につくれるか、の勝負になってきます。そうした時に起こることって、みんな同じ作り方で効率を再重視しているもんだから、似たようなものがたくさん出来るんですよね。次の時代になったときにこれらって本当にゴミになってしまうかもしれない、これがとても怖いです。
超最先端の個性を突き詰めると、パソコンの処理の高度化の話、カメラであれば最先端・最高画素数・記録素子最大の話になってくる。行き着く先は最新のデジタル機器・ソフトを駆使したものがその次代の最高峰になるわけです。超最先端が彼らの個性なんです。お金をかけないとそれってできません。でもそれはそれでその次代の最先端という個性が面白いかなって思います。しかし、メーカーが量産品としてつくっているものなのでそのうち多くの人が同じことをはじめますし、すぐに追い越されます。最先端という個性は本当に一瞬です。
アナログって写真でいうとフィルムかと思うんですけど、大判で写真を撮るのって面倒なんです、工程がたくさんある。でもその工程をおこなっている途中に色々と考えるんです、それで良い光を探したり、良い角度を探したり、そういった隙間の時間ができます。大事な時間です。これが良いのかなと。デジタルでゆっくり考えながら撮ることも出来るかも知れないけど、何もしていないと、はやく撮ってとなるかもしれない。日本画を書くように、ゆっくり時間をかけて考えて撮っていけたら面白いし、時代の流れとは関係のない個性が出せるのかなと思います。