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2020.11.03

映画の色合いの話

ウディ・アレンの映画|ミッドナイト・イン・パリの色合い|Woody Allen's films|Shades of Midnight in Paris

昨日、ジョジョ・ラビットというタイカ・ワイティティ(Taika David Waititi)監督の映画をみて、「なんと綺麗な赤と黄色と緑だろう!」と感動した。最近、ウディ・アレンの色合いをなんとか真似できないかといろいろ研究しているのだが、なかなか難しい。原因は日本の内装の色合いかもしれないし、日本人の肌の色合いのせいかもしれない。

近年日本内の色合いの流行というと、寒色、青、シアンなのである。そこから変わりそうで、なかなか抜け出せない印象がある。海外ではカラリストとか、専門の照明デザイナーがいて、映画をより魅力的な色合いにしているそうだが、ぜひともそのノウ・ハウを教えていただきたいものだ。

再びホワイトバランスの話に戻るが、デジタルカメラにおいて、オートホワイトバランスの機能によって、太陽光下における色合いと同じものの色合いを再現する方向に設定される傾向にある。したがって、最近は電球色や蛍光灯などの照明の色の影響を受けにくい。逆に言うと刺激的な色を作れないわけで、どんな照明下、どんな天候下でもりんごは赤く表現される。これが嫌だなと思って最近は5000k-5300k(ケルビン)くらいにホワイトバランスを固定してスナップしたりしているわけだ。

でもですね、屋外の光の変化が固定されて変化しやすくなるのは良いのだけれど、室内の照明の色合いをそのまま写真でだすと、刺激的な色になりすぎて変になるのだ。これは外だと太陽の影響によって様々なもの(ビルが、地面が、空が)がトータルで環境を染めていてそれが時間や環境を表現で来るほど強いけれど、室内の照明には太陽ほどの力がないからだと思っている。

それで映画の色合いの話に戻るんですが、映画の見始めで最初の場面が室内の場面だった場合、少し違和感がある。「少し変な色合いだなぁ」と。それは室内の照明の色を生かしたホワイトバランスにしているからなんだけれど、しばらく見ていると、目がなれてきて、「変な色合い」だと思わなくなる。これは写真が1瞬の1枚で、現実の世界→写真の世界(一瞬・一枚)→現実の世界、となり違和感に対応できないメディアであることに対し、映画は、現実の世界→映画の世界(長い・連続)→現実の世界、となるため、映画の中の色合いに目と脳が慣れる時間があるためだと思っている。

映画の中で、室内のオレンジの空間から青空の下に扉を開けて出ると、色空間はオレンジ(りんごが紫になる世界)から白(りんごが赤くなる世界)に変わるのだ。だから場面の変換がわかるし、物語も進行する、登場人物の位置も変わる。これが良いのだ。

これが結構面白くて、組写真で写真を展示する人は、物語としての世界を作ることが出来る(複数・連続性)ので色合いをイジれる。逆に1枚でバーンと見せたい人はそれがなかなか難しくなるのかもしれない。写真集に関していうと、1人の作家の写真集は物語性を生み出すことが出来るので、色合いをコントロールしやすいけど、複数の作家の作品を集めた写真集・仕事の集大をまとめるような写真集だと、色合いをコントロールしにくく、読者を引き込むことが難しくなるかもしれない。(そう考えると、短い期間で、同じ考え方の中でガツっと撮って写真集にした方が色合いの面でも、色をコントロールしやすくて、読者を引き込む写真集が作りやすくなるのかもしれないですね)

どうしても西洋の映画のほうがかっこよく感じると思っている人はいると思う。それはいつもまにか植え付けられた西洋人コンプレックスによる、「いわゆる外人顔の方がカッコいい」から来ているのかもしれなくて、日本の映画はかっこ悪く感じてしまうことが多いだろう。でもこれって、隣の芝は青いだけで、自分のいる場所で自分と仲間が良いと思うものを精一杯つくるしかなくて、こういった日本人の西洋コンプレックスって、西洋の人の同じ様な考え方の人も同じことを思っていると思うんです。

上の画像は映画、ジョジョ・ラビット。屋外は通常のホワイトバランス、屋内はややオレンジがかる。

ウディ・アレンの映画|ミッドナイト・イン・パリの色合い

お勉強のために集めていたウディ・アレンのミッドナイト・イン・パリの色を改めてよく見てみると、屋外でもオレンジ!凄い!これで不自然にならないなんて!実はよくよく観察してみると屋内も同じくらいの色合いでオレンジ。これは屋外の光が部屋の中に入っているせいかもしれない。そして昔の時代にタイムスリップした過去の夜の屋内の色合いはオレンジを超えてもはや赤みがかっている。

ウディ・アレンの『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』にて、彼は光の魔術師と言われているヴィットリオ・ストラーロに撮影監督を任せているようだが、やはり凄い。ウディ・アレンが凄いのか、ヴィットリオ・ストラーロが凄いのかはわからないが、色に関する彼らの追求は真似しなくては、と思う。